紫色の装丁の本

 本はまずハードカバー版で出版され、しばらくすると文庫版が売られるようになる。そういう世の中の仕組みを僕がまだ知らなかった子供のころに、近所の図書館で二冊の本を読み比べた記憶がある。装丁は異なるが、どちらも同じタイトルの二冊の本。題名は忘れてしまった。文庫版の方を途中まで読んでいたのだけど、別の本棚でハードカバーの同じ名前の本を見つけたので、いったい中身にはどういう違いがあるのかを調査してみようと考えたのだった。

 もちろん文庫版が出版されるときにいくつか修正が施される部分はあるだろうし、あとがきなどが増えていたり挿絵が変わっているということはある。とはいえ、話自体が大きく変わってしまうようなことはない。当たり前だ。しかしどういうわけか、その時に手に取ったハードカバー版の内容は途中からまったく別の話だった。どういうふうに異なっていたのか具体的には思い出せない。船が出てくる冒険物の小説だったような気がする。とにかく本のちょうど真ん中あたりで、ハードカバーと文庫版で話の筋ががらりと変わっていたのだ。その本は友達が勧めてくれた本だったので、読み終わったあとになにか感想を言わなければならない。でもその友達がどっちのバージョンを読んでいるのかわからなかった。それで結局、共通している前半部分の内容を口にしてごまかした。

 そういうことがあったので、それから数年の間は同じ本でもハードカバーと文庫版では内容が全然違う物だと信じていた。きっと出版したあとに一度だけ内容を変更するチャンスが著者には与えられるのだろうと考えていた。そうじゃないことにはっきりと気がついたのは高校生になってからだ。あの本はいったいなんだったんだろう。ハードカバーの方は紫色の装丁だった。百人一首を入れておく箱みたいな、和紙みたいな装丁だった。