ビニール傘という製品には根本的な問題があると思うのだ

2013/04/29

壊れた傘 ビニール傘という製品には根本的な問題があると思うのだ。すぐこういうふうになっちゃう。ちょっと強い風が吹いたら、もう本当にすぐだ。さし方が悪いのだろうか? 僕もこれまで自分なりにいろいろと傘のさし方を試行錯誤してきた。でもだめだ。向上する気配がないどころかどんどん下手になっているような気さえする。子供の頃には傘を壊したという記憶はない。余計なことは考えずに無心でさした方がいいのか? でも風の強い日は同じように壊れた傘が道端にうっちゃってあるのを見かけるから、たぶん僕固有の問題ではないんだろう。きっと傘の方に主たる要因があるはずだ。

 ビニール傘の厄介なところは壊れたらゴミ箱に捨てるというわけにはいかないところだ。ビニール傘は壊れると一瞬にしてなんの役にもたたない上にとんでもなくガサばるゴミになる。それを廃棄するためには家に持って帰って(当然、雨が降っているのだから、新しい傘をもう一本買ってさして帰る必要がある)ビニールの皮みたいな部分を剥ぎ、燃えるゴミと燃えないゴミに分別して捨てないといけない。一人暮らしの男が夜中に玄関先で傘の皮を剥ぐというのはなかなかこたえる作業だ。人目をはばかり家畜の死骸を解体しているようで気が滅入る。しかもやる羽目になるのは決まって雨の日だ。

 安いビニール傘を使うのがいけないんだろうか? デパートで売ってるようなちゃんとした傘ならこんなに簡単に壊れないんだろうか? でもこれだけ負の経験を積み重ねると、高いちゃんとした傘を買う気にはどうもなれない。どうせすぐ壊れちゃうような気がする。ただ、道端に壊れて捨ててあるのはビニール傘ばかりだから、もしかするとちゃんとした傘を買えばそんなに簡単には壊れないのかもしれない。あるいはただ単にビニール傘を使っている人の母数が多いせいで捨てられている本数も多いだけなのかもしれない。
 
 とにかくこんなに壊れやすくてものすごい大きさのゴミになるものが一般的なアイテムとして大量に生産・流通しているというのはひどく間違った状態なのではないだろうか。こうしている間にもどこかの森の木がばっさばっさ切られているのではないだろうか。地球はどんどん温暖化しているのではないだろうか。今日は1日で2本壊した。あまりにも風が強かったからだ。ビニール傘は壊れるとうまく丸められなくなる。どんなにがんばって丸めても、会社を辞めるときに送別会でもらう花束ぐらいの大きさに膨らんでしまう。だから仕方なく両手に壊れた傘を持って濡れて帰って来た。3本目を買う気にはなれなかった。壊れた傘は2本とも玄関先で皮を剥いだ。誰かなんとかしてくれ。日本の傘担当は誰なんだ。