消費税のこと

 消費税が8%になるというニュースを見てどこか他の国の話だろうと思っていた。「他の国は消費税が上がったり内戦があったりして大変だ」と思っていたら日本のことだった。僕が気がついたときにはもう値上げは始まっていて、スーパーマーケットのレジで気がついた。たしかにテレビを見ない僕も悪いのかもしれないが、こういう重要なことって「テレビを日常的に見る習慣のある人」にだけ伝わればよいものなのだろーか? テレビで発信するだけでなく、各家庭のポストにハガキを投函するとかはしなくていいのだろーか? そんなの全然いいアイディアだとは思わないけれど。それとも、ひょっとして届けられてたのか? 僕が捨てちゃっただけで。とにかく、なにか僕ごときでは考えもつかないような別のうまい手段があってしかるべきだと思う。普段はテレビを見なくても大きなニュースはいつのまにか知っていることが多いのだけど、今回の値上げはなぜか耳に入ってこなかったので驚いた。スーパーもレジ袋が有料化するときはあんなに事前に告知していたのに。

 わからないのだけど、増税ってなにか目的なり期日なりがあって一時的に行うものではないのか? こんなふうに(おそらく)半永久的にダダ上がりしていく未来が待ち受けているらしいぞ、という状態で、走り出しちゃっていいものなのか? たとえば借金があるからそれを返すためにしばらく税金を増やします、と。それでうまいこと予定通りに金が集まって、借金を返せたら何月何日にまた税金を元に戻します……というふうに、元に戻すところまで、ちゃんと、計画を、たてろよ! ばかやろうが! と、誰か偉い人が言ってくれないものなのか? それとも偉い人は偉いので、税金が上がった方が得をするからそういうことは言わないのか? わからないことが多すぎる。

 消費税が3%になった日のことはよく覚えていて、そのころ僕は小学生だった。小学生なりに消費税という言葉は知っていたのだけど、手持ちの論理と常識を組み合わせて考えた結果「そんな馬鹿な、100円のものが100円で買えなくなるなんて嘘だろう。たぶん自分はまだ小学生だから仕組みをよく理解できていないだけだ」と思っていた。100円のものが必ず103円になるのではなくて、まあなにかいいことがあった日には3円多めに払ってくれたらうれしいです、ぐらいの温度のものだと決めつけていたのだ。まだ法律の力も、その一方通行性もよく理解していなかったので。それで値上げがおこなわれた日、僕は玩具のついたお菓子みたいなやつを買いに近所のスーパーマーケットに行った。「魔動王グランゾート」という子供向けアニメに出てくるロボットのプラモデルがおまけでついている食玩を買いに行ったのだ。その食玩には2種類あって、100円でサイズが小さくてショボい方と、300円で立派な方があった。僕は悩み抜いた結果、100円の方を買うことにした。

 本当は買いに行ったその日から我が国には消費税という制度がはじまっていて、もうそれが100円では買えないということは心の片隅で理解していた。しかし僕が100円の方と300円の方のどちらにするかを検討し始めたときにはまだ消費税制度は施行されていなかった。だから「こっちが考えているあいだに物の値段が高くなるなんて、そんな馬鹿な話があってたまるか」と僕は考えることにした。それで100円玉を握りしめ、「南無三」と唱えて走って出かけた。

 スーパーに入ってレジに商品をもっていくと、もちろん商品は100円では買えなかった。でも僕は「万が一本当に103円になっていたとしても、子供が100円玉ひとつしか持ち合わせがないと言えばどうにか許してもらえるんじゃないか」という卑怯な目論みをもっていたので、実はそこまでは予定通りだった。接客してくれたのはアルバイトの、たぶん高校生ぐらいの女性の店員さんだった。新人のようで、店員さんはしばらく対応に困っていたけれど、「ちょっと待っててね」と言ってその商品を持って奥の部屋に消えた。夕方でいつもは混んでいる時間なのになぜか僕の見渡せる店内には誰も他の客がいなかった。店員さんが消えた控え室みたいな扉がすこしだけ開いていたので、遠目から目を凝らしてみたけれど、中は真っ暗で全然様子がわからなかった。しかたなく暇つぶしに100円玉をいじっているうちに、「やっぱり300円の方がよかったかな」と僕は思い始めた。親指と人差し指にはさんだ100円の表と裏をしばらく交互に眺めた。そのうちに店員さんがレジカウンターの中に戻って来て、「今日は100円で大丈夫だよ」と言って3円まけて売ってくれた。彼女が責任者に対してどういう説明をしたのかはわからない。上の人も事情を納得してまけてくれたのかもしれないし、その女子高生が自分の財布から3円出してくれたのかもしれない。3円の出所は説明されなかったのでわからない。

 100円のプラモデルは予想以上にショボかった。右手と左手を前後に振るように動かすことしかできなかった。両手を何度も動かしてかっこいいポーズをつけさせようとためしたけれど、手を前後に動かすだけではどうやってもかっこいいポーズにはできなかった。それですぐに飽きておもちゃ箱の中に眠らせてしまった。やはり300円の方がよかったな、と僕は思った。小学生のころのことだ。