今日は「西暦2198年からやってきた男ごっこ」をして遊んだ。
まず自分の部屋のパソコンでインターネットを閲覧すると世界中の情報にアクセスが可能であることに驚いた。僕が暮らしている西暦2198年では、有・無線問わずデータの転送を物理的に妨害する情報制御兵器が安価に製造され、世界中のあらゆる海にばらまかれているのだ。その深海魚によく似た機械は海水に含まれる塩分を分解して動力とし、半永久的に自立して活動することができる。そのせいで電子データは海を越えることができない。でも2013年にはそういうものはまだなかったらしい。歴史の授業でならってはいたが、実際に体感してみるとそのことをより深く理解することができた。
表へ出ると細い道を車がすごい勢いで走り去って思わず後ずさりした。生身の人間のすぐ隣をあのような鉄塊が飛ぶように走って行くなんて、なんという暴力的な世界なんだ。おそるべし2013年。2090年代に日本のすべての車道は地下に移されたので、僕の暮らしている時代ではそのような心配はない。地下車道の壁と天井は電子スクリーンになっていて、世界中の様々な景色が映し出される。おかげで毎日同じ道を走っていても退屈しない。すべての車は同一の速度で走行するので、追い越したり道を譲ったりという個々人のドライビング・テクニックによる問題は排除され、事故はおこらない。パチンコ玉が順番に排出されるように、車はシリアルに走って行くのだ。運転免許もいらない。
とにかく2013年の世界は物珍しいものばかりだった。博物館に展示されていた写真とそっくりな駅前の商店街を見物しながら歩いていると、たい焼き屋さんの屋台があるのをみつけた。縁日のように屋台がいくつも並んでいるわけではなく、たい焼き屋さんはひとつだけぽつんとあった。誰もそんな寂しい屋台でたい焼きを買っていなかった。みんな駅ビルの地下とか大型のスーパーマーケットで買い物を済ませているようだ。電柱の影からしばらく観察していたがたい焼きはひとつも売れなかった。でもおじさんはせっせとたい焼きをつくり続けていた。それは今日僕が目にした中で唯一、2198年と同じ風景だった。この時代から200年近く経った僕の時代にも街を歩くとこういう裏ぶれたたい焼き屋さんはまだある。売れ行きも似たようなものだ。なぜこの商品だけが選ばれ、時代を超えて残ることになったのだろうか。どれだけ考えても理由はわからなかった。
理由を考えていたらお腹がすいてきたのでたい焼きをひとつ買って食べた。そのへんで飽きて「西暦2198年からやってきた男ごっこ」を終了することにした。たい焼きはおいしかった。