はじめてノイズキャンセリング機能のついたウォークマンを買って電車の中で音楽を聴いたときに、そのあまりの性能のすごさに鳥肌が立った。思わず「これはすごい発明だ」とつぶやいたつもりだったが、その声もかき消されてしまったので口にしたのか頭で考えたことだったのか区別できなかった。僕はうっとりしながらレイ・ハラカミの音楽に身を委ねた。でも二駅ぐらい電車が走ったあとでよく本体の表示を見てみるとノイズキャンセリング機能はOFFになっていた。
それからずいぶん時は流れた昨年末、僕はBOSEのスピーカーを買ってきた。PCから音楽を流すときにすこしはいい音で聴こうと思ったのだ。ケーブルを接続すると部屋に重低音が鳴り響き、拍手の音や歓声が流れてきて、まるで突然ライブ会場に放り込まれたような気分になった。クラシックを流せば舞台のどのあたりでバイオリン奏者が演奏しているのか、その立ち位置まで見えるような気すらした。「やはり左右に二つスピーカーがあると音の立体感が違うな」と思ってにこにこしながら一週間過ごしたあとで、掃除をしながらふとスピーカーの裏を見ると片方のプラグが抜けていて右側からしか音が出ていなかったことを発見した。
また別の日、気まぐれに奮発して高い紅茶の葉っぱを買ってきた。家についてすぐに淹れようと思ったのだが、ちょっと手の離せない用事があったので、友人に「これは高級な葉っぱだからきちんと時間を測って淹れてくれ」と頼んで淹れてもらった。用事をすませてソファに腰掛けると目の前に紅茶の入ったマグカップが置いてあった。こころなしかマグカップのスヌーピーの笑顔も二割増に見えた。あまりの香りのよさに「これは癖になってしまうかもしれんな」とうなった。口をつけてみると喉から鼻へと深みのある味わいが駆け抜けた。自分でも忘れていた、初めてアルコールを口に含んだときの古い記憶が自動的に脳裏に浮かび上がってきた。それぐらい衝撃的な味だった。淹れてくれた友人にそれを説明すると「高かったやつはこっちだよ。それは私が飲もうと思っていた100袋で500円の業務用みたいなティーバッグだよ」と言われた。