電車に乗ると五人掛けの座席にちょうど五人が腰掛けていた。車内はわりと空いていて、座れこそしないものの立って本を読むにはスペースに余裕がある。都内の通勤事情としては上等だろう。この時間の電車は運がよければ座れる。同じ時間の同じ車両に乗っても、座れるかどうかは運次第なのだ。今日は運がよくなかった。でも次の駅に到着すると、一番左端に座っていたお婆さんが降りた。自動扉が開いている時間内にそこまで辿り着けるかどうか不安になるぐらいゆっくりとした動作でお婆さんは移動したが、とにかく降りて行った。それで端の席が空いた。僕は読んでいた本のページに栞を挟んで、よろこんでその席に座ろうとした。
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でも僕が席に向かって二歩ぐらい進んだところで、隣に座っていた灰色のスーツのおじさんが一つずれて端の席へと移動した。眠っていたように見えたけれど起きていたらしい。もしくは眠っていてもそういうことができるのかもしれない。誰だって端が空いていたらそうするだろう。僕だってそうする。おじさんもそうした。
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あらためて辺りを見回すと、その車両に立っているのは僕ひとりだけだった。僕はすでに端の席に向かって歩き始めてしまっていたので、慣性の法則に逆らって足を止めるという不自然な動きをするにはなにか正当な理由が必要なように思えた。特に理由は思いつかなかったので、僕はそのまま少しだけ方向を変えて元々おじさんが座っていた席に座った。
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それで五人掛けの席はまたいっぱいになった。幸運にも腰を下ろせた僕は栞のところから本の続きを読み始めたが、なぜか内容がうまく頭に入ってこなかった。