黒い仏像

2014/06/02

 部屋に仏像が置いてある。真っ黒なテレビ台の上に真っ黒なテレビがあり、その脇に真っ黒な仏像が置いてある。友人がタイだかバリだかで買ってきてくれた仏像だ。そのへんのお寺で見かけるようなタイプの仏像ではない。たぶん涅槃仏というカテゴリの仏像だと思う。仏像の種類のことはよくわからないが、とにかくこう、リラックスした感じのやつだ。ちょっとゆるめの仏像。海外のお土産の人形って妙にカラフルで奇抜な色合いだったりするけれど、その仏像は真っ黒なところがよかった。気に入っている。

 ところで僕はよほど明確な理由がない限りはだいたいの家具の色に黒を選ぶせいで部屋が辛気くさい。そこへその仏像がやってきたので、とどめをさすように部屋が陰気になった。テレビも普段まったくつけないので、その一角は仏壇さながらの趣がある。最初に仏像を置いたときに「ちょっとこれは仏壇すぎやしないか?」と思ったけど、二日か三日したらそんなこと忘れてしまった。だから僕は普段、部屋に仏像があることを意識せずに生活している。

 すこし前に友人が部屋に遊びにきて「この仏像、なんなの?」と僕にたずねた。そう言われた僕は「そうか、僕の部屋には仏像があるのだった」と思い出した。友人は仏像が僕の部屋に置いてあることについてなにかコメントを述べたが、話の内容は頭に入ってこなかった。考え事をしていたのだ。友人がしゃべっている間、僕はどうして自分は仏像を置きっぱなしにしているのかを考えていた。単純に気に入っていただけなのだけれど、それは仮に気に入らなかったとしても捨ててしまうにはちょっと気が引けるアイテムなのだ。もらいものだったせいもあるが、それよりも重量によるところが大きいのだと思う。仏像の大きさに対してもうすこし重さが軽ければ「今回はご縁がなかったということで……」と捨ててしまったかもしれない。でもその仏像はずしりと重いのだ。異国の地に住む誰かの念を背負ってやってきたように重い。そのせいで捨てる気にはならず、いつまでもそこに置いてあるのだ。

 友人が帰ってからしばらくは仏像のことが意識の上にとどまるのだけど、寝て起きたらすっかり仏像のことを忘れてしまう。仏像はビジネスホテルの部屋にかけてある風景画と同じ要領で僕の部屋の中に溶けこんでしまっていて、普段は認識されないのだ。石ころ帽子的仏像。それからしばらく時が流れてまたその友人がやってきた。友人はまた仏像についてなにか述べた。どうしてその友人は僕の部屋に入るとまず一番最初に必ずその仏像に強い興味を示すのかわからない。でもたしかに、他人の部屋に入るとなにかが妙に目につくというのは僕にも経験がある。前に僕が遊びにいった誰かの部屋は冷蔵庫の前にベッドを配置しているせいで冷蔵庫のドアが45度ぐらいしか開かなかった。でも彼はそのことを特に意識していない様子で、腕をつっこんでペプシを取り出して僕にふるまってくれた。別の友人の家にはなにか専門的な用途で使うような長さの異なる針が五本セットで棚の上に置いてあった。僕はそれらが気になったが、家主は特にそれを異常だと認めていない様子だった。そういうこともあるのだ。だから友人が僕の部屋の仏像に興味を示しても全然おかしくない。おかしいのはバリかどこかからやってきた真っ黒い仏像を、無印良品で買ったテーブルとかソファと同じ程度にしか認識していない僕の方なのだ。

 そういうことを考えていくと僕の部屋には他にも異常なものがあふれているような気がしてきた。たとえば、コップの数は適切なのか? グラスが6つ、マグカップが3つあるが、それははたして一人暮らしの30代男性として適切な量なのか? 僕は文庫本のカバーを全部剥いでタイトルや著者ではなく出版社ごとに本棚に並べるけど(そうすると見映えがいいように思えたときがあったのだ)、それは猟奇的な犯罪者のもつ特徴と偶然一致していたりはしないだろうか? この歳でスヌーピーの絵がプリントされたマグカップを愛用しているのは嘲笑の対象にはならないか? ミッキーではなくスヌーピーを選択したことが、僕の意図しない形でなんらかの主義や文化を代弁・主張しているように誤解されないか? 壁にポスターの一枚も貼っていないことはどうだ? まるで証明写真の背景のためにつくったみたいな壁だけど……そもそもこの部屋の天井の隅っこには、なんでこの、梁みたいなでっぱりがあるのだ? なにかガス管的なものが通っているのだろうか? ごみ箱って、この部屋に必要か? そこにごみを捨てても誰かが定期的に片付けてくれるわけじゃないし、どうして僕は一時的にこんな少ない量の使い終わったティッシュや丸めたレシートをこの筒状のいれ物に一旦保管して、ころ合いを見てビニールのゴミ袋に移しかえているのだ? そしてそれを何年も何年もやり続けてきて、これからもずっとやり続けていくのだ? 天井に付着しているボールペンでちょんと突いたようなインクの染み、あれ、なんだ? いつついたやつだ? なんであんなところにボールペンがつくんだ?

 僕はその黒い仏像のことを考えているといつも「ガダラの豚」を思い出す。あれはおもしろい小説だった。