炒め物をしたりパンを焼いたりする話

2012/09/03

 気が向いてまた自炊をはじめた。とくに炒め物を作るのが好きだ。フライパンを振り、にぎやかな音を立てて具材を混ぜていると「自分はいま、料理をしているのだ!」という気分になる。「料理をする人」というタイトルで絵を一枚描けと言われたら、きっと誰かが炒め物をしている風景を選択するだろう。細かく指定するなら、じゃがいもの千切りから炒め始めるタイプの炒め物がいい。キャベツだと大きすぎて動きがないし、もやしは炒めだしたらすぐに次の工程に移らないといけない。

 焼き魚も好きだ。しかし、グリルはどうも設置されている位置が低くていけない。台所の妙に明るい蛍光灯の下にかがんでグリルの中の魚が焼けていく様子をじっと見張っていると、料理をしているというよりも自分が戦場の兵士になったような気がしてくる。前線でなにか緊迫した事態が発生し、日頃から鍛錬している忍耐力を実際に試されている兵士だ。

 だからあまりグリルは使わないようにしている。しかしうちにはトースターがないので、食パンを焼くときにはどうしてもグリルを使うことになる。本当は映画にでてくるようなシンプルなトースターがほしいのだが、置き場所がない。仕方なく、朝食の食パンを焼くときにだけ僕は兵士になる。

 片膝を床につき、熱線で赤く照らされる密室で食パンがじりじりと焼けていく様子を見つめていると、やがて遠くで乾いた銃声が聞こえてくる。あたりに硝煙の臭いが漂いはじめ、熱をもった爆風が僕の前髪を揺らす。戦友が悲鳴を上げ、うしろで倒れるのがわかる。白い壁が血で染まる。すぐにでも振り返りたい衝動に駆られるが、自分の役割を放棄するわけにはいかない。戦場では誰か一人でも定められた持ち場から勝手に外れると、全員の身を危険にさらすことになる。涙が頬をつたう。そのころにようやく食パンがこんがりと焼き上がる。

 なんとか戦場から帰還した僕は朝からたいそう疲労する。やはり日本人らしく朝はご飯と味噌汁にした方がいいのかもしれない。