この記事は予約投稿で公開されている

2012/12/31

 このブログはWordpressというオープンソースのブログ・ソフトを使っている。Wordpressには予約投稿機能というのがあって、その機能を使いたいために選んだ。僕にとってはとにかくこの予約投稿が重要なポイントだった。

 予約投稿とは、未来の日付と時刻をあらかじめ設定しておくとそのタイミングで記事が公開される機能のことだ。なぜそれが必要なのかというと、公開ボタンを押した瞬間にインターネットにすぐに公開されてしまうという挙動が嫌いなのだ。書いている途中で操作を誤って公開してしまうかもしれないという現実的な運用の問題も一つの理由だが、根本的な問題はもっと精神的なところにある。記事を公開するたびに「いったいどうしてこんなことを全世界に向けて発信しなくちゃいけないんだろうか」という身も蓋もない疑問が振り払えない場合があるのだ。一度そういうことを考え始めると「このテキストはどこかで誰かの役に立つのだろうな。もしも役に立たなかったらひどいぞ。覚えてろよ」という脅迫観念が、クリックする人差し指の上にずしりとのしかかってくるように感じるときがある。

 しかし一方で、僕が好きなのは何の役にも立たないくだらないテキストだ。「役に立つ文章」という言葉には「役に立つ友達」と同じような、なんだか信用しにくいニュアンスが含まれているように思えるのだ。僕は個人的でくだらない出来事が書かれた、冗長で古くさいテキストを読むのも書くのも大好きなのだ。「スキマ時間を活用するための三つの方法」よりも、誰かがどこかで転んだとか、冷凍庫に入れたまま忘れていたアイスが入っているのを見つけてうれしかったとか、そういう個人的な出来事を記したテキストの方が僕を幸せな気分にさせてくれるのだ。でも僕がみずから進んでインターネットに記事をアップロードするという行為は、そのくだらなさに水を差してしまうようにいつも思えた。「これから面白いことをやります」と宣言してから芸人が踊り始めるのと同じように、なんだか白けた気分になるのだ。それでいつも公開ボタンの上で僕の指は止まっていた。

 また、投稿時間の問題もあった。たとえばこの記事を書いている現在の日時は2012年10月10日の午後10時24分だが、もしここで記事を書き終わって公開ボタンを押すと、「どうして3つも10が並んだ日時にわざわざこの記事をアップロードする必要があるんだろう」ということを考えてしまうことがある。こういうことを考えだすと数列というものにはきりがなく、やはり下書きフォルダに記事が溜まって行く一方だった。

 しかし、今は予約投稿を使って毎週日曜日の深夜0時に更新するようにしている。そう定めてしまうことによって、この二つの悩みから僕はすっかり解放された。時間のことは規則だから気にしなくていいし、僕が押すのは公開ボタンではなくて予約ボタンだからだ。記事を書いたことを自分でもすっかり忘れた日曜日の夜に突然僕のサイトが更新されていると、誰かがどこかでくだらないことを書いたのを発見したような、不思議な距離を感じることができた。そんなふうに自分でしかけたくせに自分でびっくりする体験はなかなか悪くなかった。でもなんだか、心理的な構造だけに注目すると、戦闘機を無人にすることで良心の呵責に悩まされずモニターのむこうから爆弾を投下するのに似ているような気もした。まあ僕がやっているのはくだらないテキストをくだらないブログに上げるだけだ。きっと困る人はいないだろう。

 ある日曜の夜も、やはりこの予約投稿機能がうまく作動して自動的に記事が投稿された。しかし僕はそのとき友人とお酒を飲んでいた。ちょうどなにかの話の流れで僕のブログを開いてみようということになり、友人がiphoneでこのサイトを開いた。すると友人は記事が更新されていることに驚いた。

 友人は「どうやっていまブログの記事を更新したの?」という質問をした。僕はこの予約投稿機能のことを説明した。でも相手はあまり情報技術を信用していないタイプだったようで、どこか半信半疑だった。相手は「もしかすると全然ちがう人が更新してるんじゃないの?」ということを言った。言うまでもなく、僕のブログにくだらないテキストを投稿しても誰もなにも得をしない。僕がそのように説明すると相手は納得した。

 しかし、相手と別れて一人で乗り込んだ最終電車の中で自分のiphoneを使ってこれまでに書いた記事を見返してみると、だんだんそれらが自分で書いたものではないような気がしてきた。いったいどうしてパラレル西遊記の三蔵法師がどうこうなんてことを手間暇をかけて書いてインターネットにアップロードしてしまったのか、自分でもわけがわからなくなってきた。

 僕は「これはアノニマスの仕業ではないか」と疑ってみた。しかしアノニマスの誰かがパラレル西遊記のワンシーンに僕と同じ特別な思い出をもっている確率は低いように思えたし、それを僕のブログに投稿する理由も思いつけなかった。家に帰った僕は口をゆすいでから倒れるようにして眠った。夢の中に顔のない男が出てきたので、僕は疑ってしまったことを一言詫びた。男はなぜか白いハンカチを僕に渡して帰って行った。