アイロンとアイロン台

2012/12/24

 アイロンをかけていると毎回必ず考えることがある。

 僕は無印良品で買ってきたアイロンとアイロン台をずっと使っている。ペアで使う物はペアで作られたものを買うという自分なりのささやかなこだわりに従って買ってきたアイロンとアイロン台だ。機能性だとかデザインがいいとか、そういう理由で無印良品のアイロンを選んで買ったわけではない。セットで売っていればなんでもいい。

 問題はそのアイロンを買ったのが渋谷の無印良品であるということだ。もう4年ぐらい前になるが、西武の地下に入っている無印良品はとても混んでいた。レジには気の遠くなるような行列ができていて、アイロンとアイロン台を持ってその列に並んだのを憶えている。たしか冬だった。前に立っている男の人が毛糸の帽子をかぶっていた。帽子の両脇の生地はあごの下まで垂れ下がっていて、てっぺんはすこしあまっていた。どうしてこんなお婆ちゃんがかぶっているような帽子を若い男の人が好き好んでかぶっているんだろう、と思いながら立っていた記憶がある。

 渋谷は僕の家からそれほど近いわけではない。混んでいるところは嫌いだから、用事がなければ足を運ぶこともほとんどない。だからきっと東京の中心にほど近いこの街ではこういうファッションが流行の最先端で、おかしいのは自分のセンスの方なんだろうと思った。そう思って辺りを見回すと、店員さんも行列している人々も、全員がファッション・モデルのようにお洒落に見えてきた。僕はジャージの上にくたびれたダウンパーカーを羽織っており、靴は汚れたスニーカーを履いていたので、だんだんそこに並んでいるのが申し訳ない気分になってきた。そのことが原因で自分の順番が来てもアイロンとアイロン台を売ってもらえないんじゃないかとすら思った。だから僕は「せめて仕事に着ていくシャツにぐらいはアイロンをかけたいんです」という言い訳を頭の中で考えながら並んで順番を待った。順番が来ると「無印良品のレジで人に物を売るのが楽しくてしょうがない」というような笑顔を浮かべた女性店員が丁寧に対応をしてくれた。僕の服装については何も言われなかった。

 なぜこの記憶が問題なのかというと、最初の方で書いたように僕は用事がなければ渋谷に買い物には行かないし、アイロンは近所の行き慣れた街でいくらでも買えるからだ。同じ無印良品だって家の近くにある。それなのにどうしてそのとき僕はわざわざ渋谷の無印良品にまで出かけていってアイロンを買ってきたんだろう? ついつい足を運んでしまうような思い入れのある街ではないし、何か用事で出かけたついでに買ってきたとも思えない(だってアイロンとアイロン台だぜ)まったく理由が思い当たらないのだ。そんな重くてかさばる荷物、インターネットで買って届けてもらえばいいじゃないか。でも渋谷で買ったんだから、きっと僕はその大荷物を抱えて電車に乗って帰ってきたんだと思う。

 そんなことを考えているうちにアイロンをかけ終わってそのことは忘れるのだが、次の土曜日の朝にアイロンをかけ始めるとまたそれを初めから考えることになる。この前、ボタンダウンのシャツの襟を伸ばしているときに何か手がかりをちょっとだけ思い出せそうな気がしたのだが、結局思い出せなかった。