炒め物をしたりパンを焼いたりする話

 気が向いてまた自炊をはじめた。とくに炒め物を作るのが好きだ。フライパンを振り、にぎやかな音を立てて具材を混ぜていると「自分はいま、料理をしているのだ!」という気分になる。「料理をする人」というタイトルで絵を一枚描けと言われたら、きっと誰かが炒め物をしている風景を選択するだろう。細かく指定するなら、じゃがいもの千切りから炒め始めるタイプの炒め物がいい。キャベツだと大きすぎて動きがないし、もやしは炒めだしたらすぐに次の工程に移らないといけない。

 焼き魚も好きだ。しかし、グリルはどうも設置されている位置が低くていけない。台所の妙に明るい蛍光灯の下にかがんでグリルの中の魚が焼けていく様子をじっと見張っていると、料理をしているというよりも自分が戦場の兵士になったような気がしてくる。前線でなにか緊迫した事態が発生し、日頃から鍛錬している忍耐力を実際に試されている兵士だ。

 だからあまりグリルは使わないようにしている。しかしうちにはトースターがないので、食パンを焼くときにはどうしてもグリルを使うことになる。本当は映画にでてくるようなシンプルなトースターがほしいのだが、置き場所がない。仕方なく、朝食の食パンを焼くときにだけ僕は兵士になる。

 片膝を床につき、熱線で赤く照らされる密室で食パンがじりじりと焼けていく様子を見つめていると、やがて遠くで乾いた銃声が聞こえてくる。あたりに硝煙の臭いが漂いはじめ、熱をもった爆風が僕の前髪を揺らす。戦友が悲鳴を上げ、うしろで倒れるのがわかる。白い壁が血で染まる。すぐにでも振り返りたい衝動に駆られるが、自分の役割を放棄するわけにはいかない。戦場では誰か一人でも定められた持ち場から勝手に外れると、全員の身を危険にさらすことになる。涙が頬をつたう。そのころにようやく食パンがこんがりと焼き上がる。

 なんとか戦場から帰還した僕は朝からたいそう疲労する。やはり日本人らしく朝はご飯と味噌汁にした方がいいのかもしれない。

レストランの椅子に腰をかける権利

 新幹線が来るまでに時間があったので、ちょっと座って本を読めるような店を探した。ちょうどよさそうなオープンテラスの店を見つけた。しかし、カフェというよりレストランと呼んだ方がしっくりくる雰囲気の店だったので少し悩んだ。食事を頼まないといけないような気がしたからだ。おなかはへっていない。しかも店内では主婦たちが井戸端会議をしていて、落ち着いて本を読めそうでもない。でももう一度見るといつのまにか大勢いた主婦たちはいなくなっていた。それで店には誰もいなくなったので、僕はこの店に入り時間まで本を読むことにきめた。
 
 コーヒー一杯でいすわるのもちょっと気がひけたので「デザートはありますか、アイスかなにか」と聞いたら「あります」というので席にすわった。提示されたメニューからイチゴ味のアイスを選択した。しかし同じ店員にそれを告げると「アイスはもう売り切れた」と言われてしまった。リンゴ味とメロン味についても同様に売り切れたそうだった。困ったことになった。
 
「でもさっき、アイスがあるって言ったじゃないですか」
「はい! メニューには用意してございます!」
「いや売り切れなんですよね」
「はい! 今日はもう売り切れです!」

 若い女性の店員は終始ニッコニコしていて、全力で楽しく仕事をしている感があふれていた。「なんだか接客仕事に疲れたからこの客にちょっと意地悪でもしてうっぷんをはらしてやろう」とか、そういうふうではぜんぜんない。しかし僕は困っている。あなたのその素敵なモチベーションをもう少し効果的な方向へ活用してもらえないものだろうか。しかたない、コーヒーを頼もうと考えたが、ふと壁をみるととても大きな張り紙に「コーヒーだけのご利用はお断りしています」と書いてあった。いったい、さっきの主婦たちはどのようなメニューを注文してここに滞在する権利を獲得したのだろうか。全員でこのメニューの表紙にあるオススメのステーキセットを食べたのだろうか。おおぜいの主婦が丸テーブルを囲んで一斉にステーキを食べる風景を想像すると圧巻だった。

 とにかく、僕はおなかが全然すいていないのだ。どうしようもないのでやはりこの店は出ようと考え、いったん下ろした腰をあげた。
 
「すいません、それじゃあやっぱり出ます」
「そうですか! それでは場所代1000円いただきます!」
「場所代?」
「はい! この店では、席にすわってからなにも注文しないで帰ると場所代が1000円かかるルールなんです! お客様はいま席にすわったので、ここから出るためには場所代がかかるのです!」
「しかし、僕はアイスがあると聞いたから入ったんです」
「アイスはメニューにあります!」
「でも売り切れなんでしょう」
「はい! どの味も大好評であっという間に売り切れました!」
「話が噛みあわねえや。とにかく払う気はありません。なんだったら警察を呼んでも……
 あれ? もしかして、加藤さん?」
「え?」
「やっぱり! 小学校のときに同じクラスだった加藤さんだ!」

 

 そこで目が覚めた。

 

世界の崩壊と塔とドリル

 ファイナルファンタジー6をやりなおしている。

 FF6はたいへん面白いゲームである。なにしろゲームの折り返し地点あたりで全世界が崩壊してしまうという、ファイナルの名に恥じぬ超展開をみせる。崩壊したあとの荒れ果てた世界には「瓦礫の塔」という建造物がたっており、ラスボスであるケフカがそこから荒廃した世界を見下ろしている。世界を壊したときにできた瓦礫を寄せ集めて作ったのだろうか。同時に、ケフカを神と崇める「狂信者の塔」という塔も突然できる。世界が崩壊すると、なぜか塔と宗教が生まれるのである。

 新しい世界を作るために一度世界をサラ地にし、そこに自分が神として君臨する。ケフカはすごいことを考えるやつである。ちなみに僕は小学校の卒業文集の中で「生まれ変わったらなりたいものは」という問いに対してケフカと書いていた。僕は当時からたいそう悪役贔屓な子供だった。

 そういえば原作のスーパーファミコン版にはバグがあって、装備できないはずのアイテムをなんでも装備できてしまうという裏技があった。装備させるアイテムによってはキャラがものすごく強くなってしまい、ゲームバランスが崩れてしまうのだが、僕は全員の「あたま」に「ドリル」を装備させていた。そうするとなぜか防御力が最大まであがり、敵からはほとんどダメージを受けなくなった。僕にとってFF6は、頭からドリルを生やした4人組の男女が崩壊した世界を練り歩くファンタジーだった。

 Wikipediaで発売日を見ると1994年だった。ケフカが世界を滅ぼしてから18年も経っていたとは思わなかった。