バック・トゥ・ザ・フューチャーを見た

 バック・トゥ・ザ・フューチャーをまた見た。ドクを見ていると気分が落ち着く。
 
 バック・トゥ・ザ・フューチャーという映画は、ドクとマーティーがどうしてあんなに仲がいいかということについて説明が一切されていないところがおもしろさの要だと思うのだ。これってけっこう度胸がいる設定だとは思いませんか。僕は思う。制作会議では、なにかそこへ説明を付け加えようという意見が絶対出たはずだ。だってマーティーは全然ギークじゃない、クラスのスターみたいな少年じゃないか。スポーツもできるし喧嘩も強い。年齢も離れすぎている。自然に仲良くなった、で済ませるのはちょっときつい。その設定は唐突だ、無理がある、と会議で(今日は発言を一度もしていなくて、なにか口を開くタイミングを探していた)誰かに言われてしまえばとても言い返せない設定のように思える。マーティーが眼鏡をかけた性格の暗い内気な少年だったら、まだ話はわかるんだけど。

 で、そうなると「昔から家が隣同士で仲良くなった」とか、「ドクが発明品でマーティーの命を救ったことがある」とか、「ドクは変わり者の学校の理科の先生だ」とか、そういうふうに二人の距離感を近づける意味付けをサラッとでも入れてしまうのが人情ではないか、というような気がする。でもそういうサラッとも説明されていない。つながりが全然見えてこない。わからない。不思議だ。

 劇中では他の出来事の因果関係についてえんえんと頭をひねったり口を出したりしている二人組が、そもそもどうして仲良くなったのかということが説明されていないのはかなり奇妙なことだと思う。最初は気になってしょうがなかった。でも見ているうちに、その問答無用の絶対的な前提がこの映画の主旨でありもっとも面白いポイントであるような気がしてくる。それはつまり理由や原因や過程を説明する必要さえない、男の子だけがもっているある種のプリミティブな特徴が年代を超えた二人を無条件に結びつけうるということの証明であり……という話を一緒に見ていた友人に説明していたら「よくわからないけどあの車が消えるときに火が出るのが格好いいよ」と言われた。たしかにあの車が消えるときに火が出るのは格好よかった。あまり物事を難しく考えすぎるのはよそう。そうしよう。

庵野監督が出てくる夢

 小学生のころに一度だけ遊びに行ったことのある、それほど仲良がいいわけではない友人の部屋にいる。二つの部屋があって、ひとつは寝室でもうひとつがリビングだ。ベッドの上にはディズニーのキャラクターの柄の色あせたタオルケットが丸まっている。やかんでお湯が沸く音が聞こえる。その友達の家に特有のにおいがする。しかしその部屋は高級ホテルの一室だと僕は認識している。(夢ではそういうことがよくある、言い忘れたけどこれは夢の話なのだ)僕はきちんとフロントでお金を払い、客としてその部屋に泊まっている。かなり高級なホテルだ。それなのに、どういうわけか室内が生活感丸出しの友達の部屋なんだけど、そのことは別に不思議には思わない。なにしろ夢なので。

 で、壁際を見ると、インターネットに接続するための装置が置いてある。二つか三つの箱の裏でケーブルがひっからまって混乱している。それを直すことが僕の義務なのだ。だから全部ケーブルを一度きれいに抜いて、問題を整理して、つなぎなおす。すると隣の部屋に泊まっている誰かが死ぬ。死んだ。僕はその客を殺すためにその部屋に泊まったのだ。殺し屋なのだ。相手の予定を念入りに調査し、彼がこの日に隣の部屋に泊まることを僕は事前にちゃんと調べあげていた。(インターネットに接続する装置のことはもうどうでもよくなった、以降その装置はこの夢に登場しない)遠隔地から超能力で殺すことはできないが、体にナイフを突き刺さなくても壁一枚隔てた距離からなら僕は人を殺すことができるのだ。方法はわからないがそうなのだ。

 長居は無用だと思って僕はパートナーの女と一緒に部屋を出る。出た。隣の部屋のドアを見ると、僕が殺した男ではない、誰か別の男が入っていくところだった。僕はパートナーの女と顔を見合わせる。連れがいたのか? 死体が発見される。これはまずいと思ってエレベーターに急ぐ。でもエレベーターの扉が開く前に、いましがた隣の部屋に入っていったばかりの男が出てきて同じエレベーターに乗り込もうとする。あれ、これはバレたかな、どうしようかな、と思っていると、僕のパートナーの女が突然、盲目のふりをし始める。女はオーバーな身振り手振りで壁をさわりながら「悪いけど手を引いてエレベーターに乗せてくれませんか」とその隣の部屋から出てきた男に言う。むちゃくちゃだ。たぶん彼女は薮をつついてなんらかの情報を引き出そうというつもりなのだ。でも僕たちは二人連れで歩いているところを目撃されてるんだから、もし彼女が盲目ならどう考えても僕がそれを手助けすべきなのだ。だから、なにがやりたいのかしらないけど、その方法はむちゃくちゃだ。まったくもう。

 エレベーターを降りてフロントに行くとカイゼル髭のホテルマンがワインを飲んでいる。(彼女が盲目のふりをしたことはなぜか問題にならなかったようだ)ホテルマンは木のテーブルの上に革のブーツを履いた両足を投げ出している。テーブルの向かいにもワイングラスが置いてあってワインが注いである。ホテルを出る人はそのワインを一人ずつ飲み干していかないといけないルール、というか一般的なマナーなのだ。守らなくてもいいけど、守った方がずっと好ましい印象を人に与える。理由はわからない。なにしろ夢なので。僕はたった今人を殺してきたことを悟られないように平静を装ってワインを飲んだ。僕が液体を飲み干したのを確認すると、ホテルマンは横柄な態度で書類に判子を押してくれた。で、ホテルを出ると、一緒にいたパートナーの女はいつのまにかその横柄なホテルマンと入れ替わっていた。さっきは気がつかなかったが、よく見るとそれは庵野秀明氏だった。エヴァンゲリオンの監督だ。すごい人じゃないか。僕はすっかり恐縮してしまった。ただ、庵野監督が「きみは人を殺してこころがふるえないのか」と言うので、「いったいあなたになにがわかるんだ」と僕は怒った。そして「僕のこころがふるえているかどうかを外から見てどうやって判断したんだ」とその発言の根拠を問いつめた。こちらの誠意が伝わったらしく、庵野監督は「わるかった」と言って草原の真ん中でおいおい泣き出した。僕は庵野監督を許して、「エヴァンゲリオンは好きだけど、フリクリとトップをねらえ! も大好きです」と言ってサインをもらった。そこで目が覚めた。

 布団から出てすぐにGoogleで調べてみたけど庵野秀明氏はカイゼル髭ではなかった。フリクリの監督は鶴巻和哉氏だった。寝覚めが悪かったのでこのテキストを書いてまた寝た。

傘をさすのがへたな女の子

 五歳くらいの女の子とそのおばあちゃんが手をつないで歩いていた。二人ともどことなく上品な雰囲気を身にまとっていた。さっきまで降っていた雨があがったので、二人は閉じた傘を手に持っていた。きっと仲良しのおばあちゃんと孫だ。雨雲はあっという間にどこかに消し飛んで空は真っ青だった。とても素敵な陽気だ。おもわず笑顔がこぼれてしまう。

 信号待ちをしていると女の子の声が耳に入って来た。

「傘がこうなっちゃったよう」
(見てみると女の子の傘は壊れていた、風が強かったせいだろう)
「なおるかなあ」
(骨が折れているのでたぶん治らないだろう、アンパンマンの絵が描いてある)
「どうしてすぐこうなっちゃうんだろう」
(理由はわからないけど俺もすぐそうなる、世の中には傘が壊れちゃう人と壊れない人がいるみたいなんだよ、理不尽な話だけども)

 信号はなかなか青にならなかった。僕らは電車のガード下に立っていた。やってきた電車が真上を通り過ぎた。電車が去ったあと、おばあちゃんが僕に背を向ける格好でゆっくりとかがみ込んで話し始めた。

「これはね、※※ちゃんがしっかりおばあちゃんの言うことを聞かないから壊れちゃったんだよ」
「うん」
「わかるかい、※※ちゃんがおばあちゃんの言うことを聞いて、ちゃんといい子に、さっき※※さんに会ったときにも御挨拶して、いわれたとおりにしっかり傘をさしていれば壊れなかったんだよ」
「うん」
「わかったかい」
「わかった」
「じゃあ言ってごらん、傘はどうして壊れちゃったの」
「おばあちゃんの言うことを聞かなかったからこうなっちゃった」
「こうって?」
「壊れた」
「なにが?」
「傘が」

 前に書いたように僕も傘をすぐ壊しちゃうのだけど、そのときはたまたま僕の傘は壊れていなかった。ぼけっとしていたおかげで信号がまた赤になってしまった。それでもう一度待つ羽目になった。